コトバの置き換え方

 プロ野球が“やっと”始まった。

 今シーズンは120試合だけど、できる!ということ自体が人を元気にする。

 そんな中、外国人枠の登録可能人数が一人増えて5人になった。

 昔は「ガイジンセンシュ」といった。「ガイジン」というのは、明らかに見た目が日本人と違う人たちの呼び名として認識していた。だからアジアの人々や、中南米のネイティブな人たちは「ガイジン」のカテゴリーには入れにくいのである。そういう人たちのことは◯◯人と呼んでいたように思う。

 かつての琉球王府時代には、西洋人の事を「オランダー(ウランダー)」と呼んでいて、イギリス人もフランス人も島で亡くなると「オランダ墓」に葬られたらしい。本土では異邦人であり異人であり、青い目の人形は「追い出せとなると差別をして夷人になった。どちらにしてもそこで母国は語られない。「ガイジン」もその延長線上にあるような気がする。

 むかし、阪急ブレーブスにロベルト・バルボンというキューバ人選手がいた。3度の盗塁王に輝く名選手であったが、彼はそのまま日本に残り阪急・オリックスのコーチ、通訳としても活躍した。

 彼がオリックスの通訳時代の事である。この関西弁を操る不思議な人にぜひとも話を聞きたいと思い、宮古島キャンプでインタビューしたことがある。いろいろな話をしたのだが、一番記憶に残っているのが「翻訳するのにとても困った日本語があった」という話である。それが「おつかれさん!」であった。このニュアンスが英語にないというのである。しかたなく「very good job」とか「very good work」と訳したと話していた。

 日本語にはこういう言外に意味を持つ言葉が多い。「どうも」という言葉だけで会話が成り立ってしまうことすらある。沖縄でよく使う「どうね」のそのたぐいであろう。

 ずっと前に日本でプレーしていた選手は、ヒーローインタビューでもどうせわからないだろうと思ってけっこうヤバイことを言っていたらしい。当時の通訳はそれを「美しい誤訳」にしていたという。トム・セレックと高倉健が出ていた映画「ミスターベースボール」でもそういうシーンが出ていた。今は変なことを言ったらすぐインタビューそのものが打ち切りになるだろう。

 通訳という仕事は大変だと思う。日常会話の通訳ではなく「外交」だったり「商取引」だったり「スポーツ」だったり、それぞれ専門知識を要求されるからである。

ツールド沖縄で初めてイタリア人選手が優勝したことがあった。マスコミはあわてて通訳さんに来てもらったがどうも要領を得ない。日本語で「今日はどこで勝利を確信しましたか?」と聞いたら、優勝選手の答えは「とてもいい天気で素晴らしいところだと思いました」であった。明らかに頓珍漢である。この会話の間に入ったイタリア語が的を射ていないのである。おそらくこのツウヤクさんはしっかりイタリア語を操ることができるヒトだったと思うが、スポーツ競技の通訳などしたことがないから、質問の意図をことばにできなかったのかもしれない。

鳥飼玖美子さんの「歴史を変えた誤訳」(新潮文庫)によると、訳語一つが大きな悲劇につながってしまったこともあるし、日米交渉の中で意図的に「意訳」されたことが何度もあるらしい。その場で翻訳してくれる「ポケトーク」が人気のようだが、本当に趣旨が伝わっているかどうかがわかるくらいならそんなものは持たない。ある会社のセンパイはどんな国の人ともジェスチャーで「会話」していた。これが一番正確なのかもしれない。

2020-06-28 | Posted in UncategorizedNo Comments » 

関連記事

Comment





Comment