物売りの声
宮田章司さんという芸人さんがいます。
もともと漫才をされていて、テレビでも活躍した後、「江戸の売り声」で舞台に上がる唯一無二の存在になりました。お弟子さんが宮田陽・昇のお二方です。
宮田章司さんの舞台は新宿末廣亭で何回も拝見しました。アサリ売り、飴売り、金魚屋、くずや、とうふ屋、研ぎ屋、ドジョウ売り、バナナの叩き売り…。ご自身の耳に残る音の記憶をそのまま再現しておられたのですから、すごい「音感」だと思います。私も東京生まれですが、正直「アサリ売り」とか「ドジョウ売り」「飴売り」「研ぎ屋」は全く聞いたことがありません。ギリギリ聞いたことがあるのは、金魚屋。リヤカーに積まれた、まあるい水槽に入った金魚と、ぶら下げられた風鈴の涼しげな音。小さいころ、夏になるとやってくるこの「金魚屋」さんが楽しみでしたが、いつの日か来なくなりました。
なじみのある売り声で、ある時期から聞こえなくなったのが「さおだけ屋」です。
「たけや~♪さお竹~♬」
竹竿に青いビニールをコーティングしたものでしたが、今はもうあのサイズを使いこなせるのは都内に一戸建てを持つ、サザエさん一家ぐらいのものかもしれません。サザエさんといえば「三河屋さん」も以前は結構な頻度で登場しました。いわゆる「御用聞き」ですよね。昔はこっちから行かなくてもお店の方から「何か必要なものはりませんか」とやってきた。いたるところにコンビニがあり、ネットで注文できる今の時代には、存在する場所を失ってしまいました。「三河屋さん」の現在が心配です。
「豆腐屋」さんは、特別な製品を扱う業者として生き残っているようです。独特なラッパの音とともにやってくる「豆腐屋」さん。なぜラッパ?と思っていましたが、日露戦争の戦勝気分を盛り上げるために小道具として登場したようです。進軍ラッパですね。
そして「焼き芋屋」さん。沖縄では最近、真夏でもやってきます。
「やき~いも~、お芋~お芋~」
あの声もずいぶん変わってきました。昔はおっさんの野太い声でしたが、最近はおばちゃんの声も増えています。
一つ言えるのは、昔は録音したものではなかったということ。焼き芋も豆腐屋さんもみんな肉声でした。きっちりあたりに響くような声で「きましたよ~」と言っていました。宮田章司さんの耳に残ったのは、そんな腹から出た通る声だったからではないでしょうか.