したいと思います

 ラジオで伊東四朗さんが、「エライ人が謝罪するときに“心からお詫びしたいと思います”と言っていたが、“心からお詫びします”でしょ。思いますってことは、気持ちがないってことなのか」と怒っておられました。政治家だけでなく、官僚の答弁も非常にまだるっこしいものが多いいですよね。いい例が、先日の国会での某大臣の“エンドレス”答弁。随分とネット上でたたかれていました。

『私国民から疑念を持たれるような会食をすることありません』

 一つのセンテンスの中に「は」という係助詞が2回出てきます。「は」は、それが付いている語に意味を添え、センテンスの最後にも影響する助詞です。「は」を辞書で引くと、①述べる題目となるものを示す。②とりたてていうのにもちいる。③「~したからには」「~した上は」の意。④「~のたびごとに」の4つが出ています。最初の「は」は①でしょう。二度目の「は」は②なのでしょう。「は」を二度使うことで、内容を絞り込んでいます。

 よく刑事ドラマなどで捕まった犯人が「殺すつもりでやったんでないんだ」という場面がありますが、結果として相手は死んでしまっているんですよね。もともと日本語は直接的に言うことを嫌う部分がありますが、前述の答弁は同じ話しの繰り返しが寿限無寿限無のように続いたわけですから、見ている方はいらいらするのも当然です。「~と言わざるを得ない」「~と言えるのではないか」「~と断言することも不可能ではない」。

 強い言葉が並んでいますが、その実態をつかむことはできません。卒業するときの挨拶などでも

「先生方には、感謝の気持ちを伝えたいと思います」なんて表現が出てくる。

「ははあ、今はまだ卒業式の式典だから、この後教室に戻って先生にありがとうというんだな」とも受け取れますが、おそらく教室でメッセージを伝えるのは先生だけでしょう。金田一春彦先生はこうした表現について、「言い切り表現ばかりだとぎこちなくなってしまうと考えて、丁寧にしよう、やわらげよう、言いたいことをちょっとだけ遠回しにしようとしている」のではないかと書いておられます。

 でも、本当に気持ちが伝わるのはストレートな表現、

「ありがとう」

 “ではないでしょうか…”、ではなく、「です」。 

2021-03-22 | Posted in UncategorizedNo Comments » 

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