原音忠実

　若い頃、團伊玖磨さんのエッセイ「パイプのけむり」シリーズが好きでよく読んでいた。そんなエッセイの中に「王徳忠」というのがあった。團伊玖磨さんはそれを書いた頃、「オートクチュール」という用語を知らず、みなが「オートクチュー」というものだから“王徳忠”という中国人のデザイナーだと思っていたという。

　ちなみに王徳忠という有名人は本当に存在していた。中国の“歴史家”である。衣服の研究をしていたかどうかは知らない。

　團さんは外来語の曖昧な発音を嘆くとともに、日本語の表記について「Ｒ」「Ｌ」や「Ｂ」「Ｖ」の発音の表記についておかしいと指摘している。今では「バイオリン」を「ヴァイオリン」と表記するようになった。“原音忠実”なのだそうだ。だが「リーガン大統領」がある日突然「レーガン大統領」になり、テニスのスター選手「ステファン・エドバーグ」が「エドベリ」になったのは驚いた。團さんの指摘に沿っているのかもしれないが、急すぎて現場は混乱した。

　オートクチュールと言えば一点物の高級仕立て服のことだ。私もこのコトバに縁があるかないかでいえば「ない」のほうなので、私も同じ状況だったら「オートクチュール」を中国人デザイナー、「プレタポルテ」をはやりの料理だと思ったかもしれない。

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